ブロックチェーン外部からのスマートコントラクト連携:APIとWeb3ライブラリの技術
はじめに:ブロックチェーンと外部連携の必要性
Webアプリケーションの開発に慣れている方であれば、異なるシステム間でデータをやり取りする際にAPI(Application Programming Interface)を利用することは一般的です。HTTPリクエストを送信してJSONデータを受け取ったり、RESTfulなエンドポイントを通じてデータベース操作に近い処理を実行したりします。
ブロックチェーン技術を活用したアプリケーション(dAppsなど)を開発する際にも、多くの場合、ブロックチェーンの外部にあるWebサービスやモバイルアプリケーションからブロックチェーン上の機能を利用したり、データを参照したりする必要があります。例えば、ユーザーがWebサイト上でボタンをクリックすることで、ブロックチェーン上のトークンを転送したり、スマートコントラクトに記録された情報を表示したりといった処理です。
しかし、ブロックチェーンは非中央集権的な分散システムであり、従来のWebサーバーのように特定のIPアドレスやドメインに単純なHTTPリクエストを送るだけで、ブロックチェーン上のデータを書き換えたり、プログラムを実行したりすることはできません。では、外部のアプリケーションはどのようにしてブロックチェーン、特にスマートコントラクトと連携するのでしょうか。この疑問に技術的な観点からお答えします。
ブロックチェーン連携の基本的な考え方
ブロックチェーンは、参加者(ノード)が分散して台帳データを共有し、合意形成メカニズムによってその正当性を担保するシステムです。外部からブロックチェーンの状態を変更する操作(例:トークン送信、スマートコントラクト関数の実行)は、必ず「トランザクション」としてネットワークに送信され、検証、マイニング(またはバリデーション)を経て、ブロックに取り込まれて初めて確定します。
これは、従来のデータベースに対する書き込み操作が、多くの場合、単一のサーバーに対する即時的な操作であることとは大きく異なります。ブロックチェーンへの書き込みは非同期であり、ネットワーク全体の合意が必要です。
一方、ブロックチェーンの状態を参照する操作(例:特定アドレスの残高確認、スマートコントラクトの状態変数の値取得)は、必ずしもトランザクションを必要としない場合があります。これは、ノードが保持している最新の台帳データを単に読み取る操作だからです。ただし、どのノードに問い合わせるか、そのノードが最新の状態を持っているか、といった考慮は必要になります。
これらの操作を外部のアプリケーションから行うためには、ブロックチェーンネットワークに参加しているいずれかのノードと通信する必要があります。この通信を仲介し、開発者が扱いやすい形でブロックチェーンの機能を利用するための技術やライブラリが存在します。
スマートコントラクトへの操作:トランザクション送信
外部アプリケーションからスマートコントラクトの状態を変更する関数(例:トークン送付関数 transfer(address recipient, uint amount)
)を実行したい場合、これはブロックチェーンに対する「書き込み」操作にあたるため、トランザクションを生成してネットワークにブロードキャストする必要があります。
この一連の流れは以下のようになります。
- トランザクションの生成:
- 実行したいスマートコントラクトの関数、引数、送金したいネイティブ通貨の量(ある場合)、ガスリミット、ガスプライスなどの情報を含んだトランザクションデータを構築します。
- このデータには、送信元アドレス(秘密鍵に対応する公開鍵から導出される)の情報が含まれます。
- トランザクションへの署名:
- 生成したトランザクションデータに対し、送信元アドレスに対応する秘密鍵を用いて電子署名を行います。これにより、そのトランザクションが正当な所有者によって承認されたものであることを証明します。秘密鍵は絶対に外部に漏洩してはなりません。通常、ユーザーのウォレットアプリケーションがこの署名処理を担当します。
- 署名済みトランザクションのブロードキャスト:
- 署名済みのトランザクションデータをブロックチェーンネットワーク上のいずれかのノードに送信します。このノードは、受け取ったトランザクションを他のノードに中継します。
- トランザクションの検証とブロックへの取り込み:
- ネットワーク上のノードは、受け取ったトランザクションの署名や内容を検証します。
- 検証を通過したトランザクションは、マイナー(PoWの場合)またはバリデーター(PoSの場合)によってブロックにまとめられ、合意形成プロセスを経てブロックチェーンに追加されます。
- トランザクションの確定:
- トランザクションを含むブロックがチェーンに取り込まれ、さらにその上に新しいブロックがいくつか追加されることで、そのトランザクションは「確定」したと見なされます。一度確定したトランザクションを覆すことは非常に困難になります。
このプロセスは、WebアプリケーションがHTTPリクエストを送信して即座に応答を受け取るAPI連携とは異なり、非同期で、ネットワーク全体の状態変化を伴うため時間がかかります。開発者は、トランザクションがネットワークに受け入れられたか(トランザクションハッシュの取得)、そして最終的にブロックに取り込まれ確定したか(特定ブロックに取り込まれたことの確認)を追跡する必要があります。
スマートコントラクトからの情報取得:状態参照
スマートコントラクトに保存されている公開されている情報を取得するだけであれば、トランザクションを生成してネットワークに送信する必要はありません。例えば、あるアドレスが保有する特定のトークンの残高を知りたい場合や、スマートコントラクトに設定された設定値を取得したい場合などです。
これらの操作は、ブロックチェーンの状態を「読み取る」だけであるため、通常は無料(ガス代不要)で、比較的即時に結果が得られます。これは、従来のデータベースに対するSELECTクエリに近い感覚です。
技術的には、外部アプリケーションはブロックチェーンノードに対して「RPC (Remote Procedure Call)」という仕組みを使って問い合わせを行います。ノードは保持している最新のブロックチェーンデータに基づいて、要求された情報を提供します。
Web3ライブラリの役割
上記の複雑なトランザクションの生成・署名・ブロードキャストや、ノードへの状態参照RPCコールといった処理を、開発者がより簡単に、馴染みのあるプログラミング言語(JavaScript, Pythonなど)で行えるように抽象化してくれるのが「Web3ライブラリ」です。
代表的なものとしては、JavaScript/TypeScript向けのWeb3.js
やEthers.js
があります。これらのライブラリは、スマートコントラクトのABI(Application Binary Interface)という、コントラクトの関数やイベントの定義情報を使って、コントラクトのメソッド呼び出しを容易に行えるようにします。
例えば、Ethers.jsを使ったスマートコントラクトの関数呼び出し(状態を変更するトランザクション)のイメージは以下のようになります。
// 疑似コード:Ethers.jsを使ったスマートコントラクト関数の呼び出し
// provider: ブロックチェーンノードへの接続情報 (例: Infura, AlchemyなどのRPC URL)
// wallet: 秘密鍵を持つウォレット (トランザクションに署名するため)
// contractAddress: 呼び出したいスマートコントラクトのアドレス
// contractABI: スマートコントラクトのABI
// Contractインスタンスの生成 (署名者(signer)を紐づけることで書き込みが可能になる)
const contract = new ethers.Contract(contractAddress, contractABI, wallet);
// スマートコントラクト関数の実行 (トランザクション送信)
async function executeContractFunction(recipientAddress, amount) {
try {
// transfer関数を呼び出すトランザクションを生成し、署名してネットワークに送信
const tx = await contract.transfer(recipientAddress, ethers.utils.parseEther(amount));
console.log(`トランザクション送信成功: ${tx.hash}`);
// トランザクションが確定するまで待機
await tx.wait();
console.log(`トランザクション確定: ${tx.hash}`);
// 確定後の処理...
} catch (error) {
console.error("トランザクション実行エラー:", error);
// エラー処理...
}
}
// 使用例
// executeContractFunction("0x...", "1.0"); // 1.0単位のトークンを送付
上記のコードでは、contract.transfer(...)
というメソッド呼び出しが、内部的にトランザクションの生成、署名、ネットワークへのブロードキャストといった一連の処理を抽象化しています。開発者は、API呼び出しに近い感覚でブロックチェーンへの書き込み処理を記述できます。
一方、状態を参照する操作は、トランザクションを必要としないため、よりシンプルです。
// 疑似コード:Ethers.jsを使ったスマートコントラクトの状態参照
// provider: ブロックチェーンノードへの接続情報 (読み取りのみの場合は署名者は不要)
// contractAddress: 参照したいスマートコントラクトのアドレス
// contractABI: スマートコントラクトのABI
// Contractインスタンスの生成 (読み取りのみの場合はproviderのみでOK)
const contract = new ethers.Contract(contractAddress, contractABI, provider);
// スマートコントラクトの状態変数の値を取得 (呼び出し)
async function getBalance(ownerAddress) {
try {
// balanceOf関数を呼び出して残高を取得
const balance = await contract.balanceOf(ownerAddress);
console.log(`${ownerAddress} の残高: ${ethers.utils.formatEther(balance)}`);
return balance;
} catch (error) {
console.error("残高取得エラー:", error);
// エラー処理...
throw error;
}
}
// 使用例
// getBalance("0x..."); // 特定アドレスの残高を表示
このように、Web3ライブラリは、ブロックチェーン特有の低レベルな通信プロトコルやデータ構造の詳細を隠蔽し、開発者がアプリケーションロジックに集中できるようにする重要な役割を果たします。
RPCプロバイダーの活用
外部アプリケーションからブロックチェーンノードと通信するためには、自身でブロックチェーンのフルノードやライトノードを運用するという選択肢もありますが、運用コストや技術的な複雑さが伴います。特に、Webアプリケーションのバックエンドから多くのリクエストを捌く場合、ノードの負荷管理なども必要になります。
より一般的なアプローチは、InfuraやAlchemy、QuickNodeといった「RPCプロバイダー」が提供するサービスを利用することです。これらのサービスは、多数の高性能なノードを運用し、安定したRPCエンドポイントをAPIとして提供しています。開発者は、これらのRPCプロバイダーが提供するURLに対してWeb3ライブラリ経由で接続することで、自身でノードを運用することなくブロックチェーンと連携できます。
これは、クラウド上で提供されるデータベースサービスやAPIゲートウェイを利用するのと似た考え方です。運用の手間を省き、スケーラビリティや可用性を享受できます。
ブロックチェーンからの情報取得:イベントと購読
スマートコントラクトは、特定の出来事が発生した際に「イベント」を発生させることができます。例えば、トークンが転送された際に Transfer
イベントを発行するなどです。これらのイベントはブロックチェーンに記録され、外部から監視・購読することが可能です。
これは、従来のシステムにおけるWebhooksやメッセージキューのような概念に近いものです。外部アプリケーションは、関心のあるスマートコントラクトの特定のイベントを購読しておくことで、ブロックチェーン上でそのイベントが発生した際にリアルタイムに近い形で通知を受け取ることができます。これにより、ブロックチェーンの状態変化をポーリングすることなく効率的に情報を取得できます。
Web3ライブラリは、これらのイベントを購読するための機能も提供しています。
まとめと次のステップ
ブロックチェーン外部のWebサービスやアプリケーションからスマートコントラクトと連携するには、従来のAPI連携とは異なる技術的な仕組みが必要です。状態変更には秘密鍵による署名が必要な非同期のトランザクション送信、情報取得にはRPCによるノードへの問い合わせが基本となります。
Web3.js
やEthers.js
といったWeb3ライブラリは、これらの複雑なプロセスを抽象化し、開発者が比較的容易にブロックチェーンとの連携を実装できるようにする重要なツールです。また、自身でのノード運用が難しい場合は、InfuraやAlchemyのようなRPCプロバイダーのサービスを利用することが現実的です。
これらの技術を理解した上で、実際にWeb3ライブラリを使った開発を試してみることは、ブロックチェーンを用いたアプリケーション開発の具体的なイメージを掴む上で非常に有効です。スマートコントラクトのABIを取得し、Web3ライブラリを使って簡単な関数の呼び出しや状態参照をローカル環境で試してみることから始めてみてはいかがでしょうか。