ブロックチェーンのスケーラビリティ向上を実現するレイヤー2技術の技術詳細
ブロックチェーンのスケーラビリティ問題とレイヤー2技術の必要性
ブロックチェーン技術は、その非中央集権性や改ざん耐性といった特性から注目を集めていますが、実用化において大きな課題の一つとなっているのが「スケーラビリティ」です。多くのパブリックブロックチェーン、特にProof of Workを採用している初期のブロックチェーンは、処理できるトランザクション数に限界があります。これを「スケーラビリティ問題」と呼びます。
ブロックチェーンの容量や合意形成プロトコルの特性により、1秒間に処理できるトランザクション数(TPS: Transactions Per Second)が制限されるため、利用者が増えるとネットワークが混雑し、トランザクションの処理が遅延したり、手数料(Gas代など)が高騰したりします。これは、従来のWebサービスや金融システムと比較して、実用的なアプリケーションを構築する上での障壁となります。
このスケーラビリティ問題を解決するためのアプローチはいくつかありますが、大きく分けて「レイヤー1スケーリング」と「レイヤー2スケーリング」があります。レイヤー1スケーリングは、ブロックチェーンの基盤となるプロトコル自体に変更を加えて性能を向上させる方法です。一方、レイヤー2スケーリングは、ブロックチェーンの外部(オフチェーン)でトランザクション処理を行い、その結果だけをブロックチェーン上(オンチェーン)に記録することで、基盤となるブロックチェーンの負荷を軽減し、スループットを高める技術です。
本記事では、このレイヤー2技術に焦点を当て、主要な技術であるロールアップやステートチャネルの仕組みを技術的に解説します。
レイヤー2技術の基本概念:オフチェーン処理とオンチェーン決済
レイヤー2技術の根幹にあるのは、「オフチェーンでの高速処理」と「オンチェーンでの最終的な決済・セキュリティ確保」という役割分担です。
通常のブロックチェーン(レイヤー1)では、全てのトランザクションがネットワーク上の全てのノードによって検証され、ブロックに記録されます。これにより高いセキュリティと信頼性が保証されますが、これがスケーラビリティのボトルネックにもなります。
レイヤー2技術では、ブロックチェーンの参加者間や専用の処理レイヤーで、大量のトランザクションをブロックチェーンに直接記録することなく実行します。これを「オフチェーン処理」と呼びます。オフチェーンで処理されたトランザクションは、後でまとめて、あるいはその結果だけがブロックチェーン上に記録されます。このオンチェーンへの記録プロセスは、オフチェーンでの処理の正当性を証明したり、最終的な状態を確定させたりする役割を担います。これを「オンチェーン決済」と呼ぶことがあります。
これにより、レイヤー1は個々のトランザクション検証という重い処理から解放され、主にセキュリティ層および紛争解決層として機能します。大量のトランザクションをまとめて一度に処理することで、全体としてのスループットを大幅に向上させることが可能になります。
主要なレイヤー2技術
レイヤー2技術にはいくつかの種類があり、それぞれ異なるアプローチでスケーラビリティを実現しています。代表的な技術として、ロールアップとステートチャネルを詳しく見ていきましょう。
1. ロールアップ (Rollups)
ロールアップは、オフチェーンでトランザクションを実行し、それらをまとめて(ロールアップして)圧縮し、その結果をブロックチェーン上に単一のトランザクションとして記録する技術です。オフチェーンで処理されたトランザクションのデータの一部または全部を、オンチェーンに「データコール(calldata)」として記録することで、レイヤー1のセキュリティを活用します。
ロールアップは、オフチェーンで実行されたトランザクションの正当性をどのように担保するかによって、主に2つのタイプに分けられます。
1.1. Optimistic Rollups
Optimistic Rollupsは、「デフォルトでは全てのトランザクションは正しい」と楽観的(Optimistic)に仮定します。オフチェーンで実行されたトランザクションのまとまり(バッチ)とその結果の状態変化がオンチェーンにポストされますが、その正当性は直ちには証明されません。
もし不正なトランザクションや状態変化が検出された場合、誰でもその不正を証明する期間(通常は数日から数週間)が設けられます。この期間内に不正が証明されれば、そのバッチは無効とされ、正しい状態に戻されます。この不正を証明するプロセスを「不正証明(Fraud Proof)」と呼びます。
- 仕組みのイメージ:
- ユーザーはOptimistic Rollupのオペレーター(シーケンサーとも呼ばれる)にトランザクションを送信します。
- オペレーターは受け取った複数のトランザクションをオフチェーンで実行し、新しい状態ルート(Merkle Treeのルートハッシュなど)を計算します。
- オペレーターは、トランザクションデータ(圧縮されていることが多い)と新しい状態ルートをセットにして、レイヤー1にトランザクションとしてポストします。
- レイヤー1上のスマートコントラクトは、このバッチを受け入れますが、即座には確定させません。
- 不正証明期間中、誰でもこのバッチに含まれるトランザクションや計算結果に疑義を唱え、不正証明を提出できます。
- 不正証明が検証され、正当と判断された場合、不正なバッチは破棄されます。不正が証明されなければ、期間経過後にバッチは確定します。
- 技術的な考慮点: 不正証明には、不正な状態遷移を引き起こした特定のトランザクションを特定し、レイヤー1上でそのトランザクションの実行をシミュレーション(または検証用コードを実行)する仕組みが必要です。このプロセスは、レイヤー1のGasを消費します。また、資金の引き出しには不正証明期間が終了するまで待つ必要があるため、時間がかかります。
1.2. ZK-Rollups (Zero-Knowledge Rollups)
ZK-Rollupsは、オフチェーンで実行されたトランザクションのバッチに対して、「有効性証明(Validity Proof)」と呼ばれる暗号学的な証明(ゼロ知識証明の一種、例えばSNARKやSTARK)を生成し、その証明をトランザクションデータと共にオンチェーンにポストします。
レイヤー1上のスマートコントラクトは、この有効性証明を検証します。証明が有効であれば、オフチェーンでの計算が正しかったことが数学的に保証されるため、そのバッチは即座に確定します。不正なバッチに対しては有効な証明を生成できないため、不正は防がれます。
- 仕組みのイメージ:
- ユーザーはZK-Rollupのオペレーターにトランザクションを送信します。
- オペレーターは受け取った複数のトランザクションをオフチェーンで実行し、新しい状態ルートを計算します。
- オペレーターは、これらのトランザクションと状態変化の正当性を数学的に証明する有効性証明(例: SNARK)を生成します。この証明生成は計算コストが高い処理です。
- オペレーターは、圧縮されたトランザクションデータ、新しい状態ルート、および有効性証明をセットにして、レイヤー1にトランザクションとしてポストします。
- レイヤー1上の検証用スマートコントラクトは、ポストされた有効性証明を検証します。証明が有効であれば、バッチは即座に確定します。
- 技術的な考慮点: 有効性証明の生成は計算リソースを多く消費しますが、その検証は比較的軽量です。資金の引き出しは、証明が検証され次第即座に行える点がOptimistic Rollupsと異なります。ゼロ知識証明の複雑な数学的・暗号学的な知識が基盤となっています。初期のZK-Rollupsはシンプルな送金などに限定されていましたが、近年はEVM互換性を持つ「zkEVM」のようなプロジェクトも登場しています。
ロールアップの比較まとめ:
| 特徴 | Optimistic Rollups | ZK-Rollups | | :------------- | :-------------------------------------------------- | :-------------------------------------------------- | | 正当性担保方法 | 不正証明 (Fraud Proof) | 有効性証明 (Validity Proof / ZKP) | | バッチ確定性 | 不正証明期間経過後(時間遅延あり) | 証明検証成功後(ほぼ即時) | | 引き出し時間 | 不正証明期間が必要(数日〜数週間) | 証明検証後即時 | | 計算コスト | オフチェーン処理は軽量だが、証明生成・検証は不要 | オフチェーン処理+証明生成(高コスト)、検証(軽量) | | 複雑性 | 比較的新しい開発者にとっては理解しやすい | ゼロ知識証明の理解が必要で複雑 | | EVM互換性 | 既存のEVMコードを比較的容易にポーティング可能 | EVM互換性の実現が難しい(zkEVMなどの取り組みあり) |
どちらのタイプのロールアップも、レイヤー1にトランザクションデータをポストすることで、レイヤー1のデータ可用性(Data Availability)を利用し、ユーザーがオフチェーンのデータから状態を再構築したり、不正を証明したりできるようにしています。これは、後述するステートチャネルとの大きな違いです。
2. ステートチャネル (State Channels)
ステートチャネルは、特定の参加者間(通常は2者間)で、ブロックチェーン上にチャネル(チャンネル)を開設し、そのチャネル内でオフチェーンにて大量のトランザクション(状態遷移)を繰り返し行う技術です。チャネル内の全てのトランザクションは参加者間で合意され、その結果のみがチャネルを閉じる際にブロックチェーンに記録されます。
- 仕組みのイメージ:
- 参加者(例:AliceとBob)は、マルチシグ(複数署名)ウォレットなどのスマートコントラクトを用いて、一定量の資産をブロックチェーン上にデポジットし、チャネルを開設します。
- チャネルが開設されると、AliceとBobはオフチェーンで自由にトランザクション(例:少額の送金、ゲームの進行)を繰り返します。各トランザクションの結果としてのチャネルの状態(各参加者の残高など)は、最新の状態を示すデジタル署名付きの「コミットメントトランザクション」として参加者間で共有されます。
- どちらかの参加者がチャネルを閉じたい場合、最新のコミットメントトランザクションをブロックチェーンにポストします。
- 相手方には、より新しい状態を示すコミットメントトランザクションがある場合、それを不正証明として提出する期間が与えられます。
- 期間内に異議がなければ、ポストされた最新のコミットメントトランザクションの状態が確定し、デポジットされた資産がその状態に従って分配されます。異議があった場合は、より新しい有効な状態が採用されます。
- 技術的な考慮点: 全てのオフチェントランザクションがブロックチェーンに記録されるわけではなく、最新の状態だけが記録されます。これにより非常に高いスループットと低い手数料を実現できます。しかし、参加者間で事前にチャネルを開設する必要があり、参加者間の直接的なインタラクションに限定されるため、汎用的な利用には向きません。また、参加者はチャネルが開いている間、オンラインである必要がある場合があります(相手が古い状態をポストして不正を働こうとした場合に、それを検知して不正証明を提出するため)。有名な例としては、ビットコインのLightning NetworkやイーサリアムのRaiden Networkがあります。
その他のレイヤー2技術
- Plasma: 子チェーン(Plasmaチェーン)と呼ばれる独立したブロックチェーン上でトランザクションを実行し、その状態のルートハッシュを定期的にメインチェーン(親チェーン)にコミットする技術です。トランザクションデータ自体はオンチェーンには保存されません。不正検出と資産引き出しに不正証明メカニズムを使用しますが、複雑性と課題(特に大量のデータ可用性問題)があり、現在はロールアップが主流となっています。
- Validium: ZK-Rollupsに似ていますが、トランザクションデータはオンチェーンではなく、信頼できるオフチェーンのデータ可用性レイヤーに保存されます。これにより、オンチェーンでのデータ保存コストを削減できますが、オフチェーンのデータ可用性レイヤーに対する信頼が必要になります。
レイヤー2技術の課題と今後の展望
レイヤー2技術はスケーラビリティ問題の有力な解決策として期待されていますが、まだいくつかの課題があります。
- ユーザーエクスペリエンス: レイヤー1とレイヤー2間の資産移動には時間がかかる場合があります(特にOptimistic Rollupsの不正証明期間)。また、複数のレイヤー2ソリューションが存在する場合、それらの間での資産移動やインタラクションも複雑になることがあります。
- 流動性: レイヤー2ネットワーク上に十分な流動性が確保される必要があります。
- 開発者ツールとエコシステム: レイヤー2上でアプリケーションを開発するためのツールやドキュメント、コミュニティは発展途上です。
- 分散性: 一部のレイヤー2ソリューション(特にロールアップのオペレーター)において、中央集権化のリスクが指摘されることがあります。
これらの課題に対し、技術的な改善や新しいプロトコルの開発が進められています。例えば、レイヤー2間でのアトミックなスワップを可能にする技術や、より効率的な不正証明・有効性証明のアルゴリズムなどが研究されています。また、zkEVMのように既存のEVM開発者をレイヤー2に取り込むための互換性向上も重要なトレンドです。
将来的には、多くのアプリケーションがレイヤー2上で動作し、レイヤー1はセキュリティと最終決済の基盤となるという役割分担が進むと考えられています。Webエンジニアとしてブロックチェーン開発に関わる際には、これらのレイヤー2技術の仕組みや、既存の技術スタック(JavaScriptライブラリなど)からレイヤー2に接続する方法を理解することが重要になります。
まとめ
ブロックチェーンのスケーラビリティ問題を克服するため、レイヤー2技術は重要な役割を担っています。レイヤー2技術は、トランザクション処理をオフチェーンで行い、最終的な結果や証明のみをレイヤー1に記録することで、大幅なスループット向上とコスト削減を実現します。
主要なレイヤー2技術であるロールアップ(Optimistic RollupsとZK-Rollups)やステートチャネルは、それぞれ異なるアプローチと特性を持っています。Optimistic Rollupsは不正証明によって正当性を担保し、ZK-Rollupsは暗号学的な有効性証明を利用します。ステートチャネルは参加者間での高速なプライベートトランザクションに適しています。
これらの技術はまだ進化の途上にありますが、分散型アプリケーション(dApps)の実用化と普及には不可欠な要素です。ブロックチェーン学習を進める上で、レイヤー2技術の仕組みを深く理解することは、より高性能で実用的な分散システムを構築するための重要なステップとなるでしょう。
次の学習ステップとしては、特定のレイヤー2ソリューション(例:Optimism, Arbitrum (Optimistic Rollups), zkSync, StarkNet (ZK-Rollups), Polygon PoS (一部レイヤー2的な側面を持つサイドチェーン))のアーキテクチャや、それら上でスマートコントラクトを開発する方法について掘り下げていくことをお勧めします。また、Web3.jsやEthers.jsといったライブラリを使って、レイヤー2ネットワーク上のコントラクトと連携する方法を学ぶことも実践的な理解につながります。