ブロックチェーンRPCの技術詳細:クライアントとノード間のデータ通信を理解する
はじめに:ブロックチェーンにおけるクライアントとノードの連携
ブロックチェーンは分散システムであり、多数のノードによって構成されています。これらのノードは、ブロックチェーンの状態を共有し、新しいトランザクションを検証し、ブロックを生成する役割を担っています。一方で、ウォレットアプリケーションや分散型アプリケーション(dApps)といったブロックチェーンを利用するアプリケーションは、ユーザーインターフェースを提供し、ユーザーからの操作(トランザクションの発行、データの参照など)を受け付けます。
これらのクライアントアプリケーションがブロックチェーンとやり取りを行うためには、どこかのブロックチェーンノードと通信する必要があります。例えば、ユーザーがウォレットからトークンを送金したい場合、そのトランザクションデータはノードに送信され、ネットワーク全体に伝播される必要があります。また、ユーザーが自分のアカウントの残高を確認したい場合、クライアントアプリケーションはノードにアカウントの状態を問い合わせる必要があります。
このクライアントアプリケーションとブロックチェーンノード間の通信を実現するための主要な手段が、RPC(Remote Procedure Call、リモートプロシージャコール)です。RPCは、ネットワーク上の別のアドレス空間にあるプログラムが、ローカルにあるかのようにプロシージャ(関数やメソッド)を呼び出すための技術です。Web開発に携わっている方であれば、マイクロサービス間の通信や、特定のライブラリが内部で行っている通信プロトコルとして、RPCという言葉を聞いたことがあるかもしれません。ブロックチェーンの世界でも、このRPCが重要な役割を果たしています。
本記事では、ブロックチェーンにおけるRPCの役割、具体的なプロトコル(特に広く使われているJSON-RPC)、そして主要なRPCメソッドの例について技術的に解説します。これにより、クライアントアプリケーションがどのようにブロックチェーンと連携しているのか、その基盤となる仕組みを理解することができます。
ブロックチェーンにおけるRPCの役割と重要性
ブロックチェーンシステムにおいて、RPCはクライアントアプリケーションがブロックチェーンの状態を参照したり、ブロックチェーンの状態を変更する操作(トランザクションの発行など)を要求したりするためのインターフェースを提供します。具体的には、以下のような操作がRPCを通じて行われます。
- ブロック情報やトランザクション情報の取得: 特定のブロックのヘッダーや本文、特定のトランザクションの詳細などをノードに問い合わせます。
- アカウント情報の取得: 特定のアドレスの残高や、スマートコントラクト上の特定のデータ(ステート)を問い合わせます。
- トランザクションの発行: 署名済みのトランザクションデータをノードに送信し、ブロックチェーンネットワークに伝播させます。
- スマートコントラクトの呼び出し(読み込み/書き込み): スマートコントラクトの関数を呼び出します。状態を変更しない「読み込み」の呼び出しはノードへのクエリとして実行され、状態を変更する「書き込み」の呼び出しはトランザクションとして発行されます。
- イベントの監視: スマートコントラクトが発行したイベントをリアルタイムで受け取ります。
これらの操作は、ウォレット、ブロックエクスプローラー、dAppsのフロントエンドなど、ブロックチェーンとインタラクションするあらゆるクライアントアプリケーションにとって不可欠です。クライアントアプリケーション自身がブロックチェーンの全データを同期して保持することは非現実的であるため、RPCを通じてノードに問い合わせを行う必要があるのです。
主流のRPCプロトコル:JSON-RPC
多くのブロックチェーン(特にEthereumとその互換チェーン)で広く採用されているRPCプロトコルは、JSON-RPCです。JSON-RPCは、データをJSON形式でやり取りする軽量なRPCプロトコルです。HTTPまたはWebSocketなどのトランスポートプロトコル上で動作します。
JSON-RPCリクエストの基本的な構造は以下のようになります。
{
"jsonrpc": "2.0",
"method": "メソッド名",
"params": [パラメータ1, パラメータ2, ...],
"id": リクエストID
}
jsonrpc
: JSON-RPCのバージョンを指定します。通常は"2.0"
です。method
: 呼び出したいRPCメソッド名を指定します。例えば、特定のブロック番号の情報を取得したい場合は"eth_getBlockByNumber"
のようになります。params
: メソッドに渡す引数の配列です。id
: リクエストとレスポンスを関連付けるための一意な識別子です。任意の文字列や数値を使用できます。
ノードからのJSON-RPCレスポンスの基本的な構造は以下のようになります。
成功時:
{
"jsonrpc": "2.0",
"result": レスポンス結果,
"id": リクエストID
}
エラー時:
{
"jsonrpc": "2.0",
"error": {
"code": エラーコード,
"message": "エラーメッセージ",
"data": エラーに関する追加情報 (オプション)
},
"id": リクエストID
}
レスポンスには、リクエストと同じ id
が含まれており、クライアントはこれを使ってどのリクエストに対するレスポンスかを判断します。成功時には result
フィールドに結果が、エラー時には error
フィールドにエラー情報が含まれます。
HTTPトランスポートでの例(擬似コード/curlイメージ)
例えば、最新のブロック番号を取得する場合、クライアントは以下のようなJSON-RPCリクエストをHTTP POSTでノードのエンドポイントに送信します。
{
"jsonrpc": "2.0",
"method": "eth_blockNumber",
"params": [],
"id": 1
}
これに対するノードからのレスポンスは以下のようになるでしょう(例:ブロック番号が15000000の場合)。
{
"jsonrpc": "2.0",
"result": "0xe4e1c0", // 16進数でブロック番号が返される
"id": 1
}
curlコマンドでイメージすると以下のようになります。
curl -X POST -H "Content-Type: application/json" --data '{"jsonrpc":"2.0","method":"eth_blockNumber","params":[],"id":1}' YOUR_NODE_RPC_ENDPOINT
WebSocketトランスポートでの例
WebSocketを使用する場合、一度接続を確立すれば、複数のリクエスト/レスポンスを同じ接続上でやり取りできます。また、購読(Subscription)モデルを利用して、新しいブロックのマイニングや特定のイベントの発生といった更新情報をノードからプッシュ通知として受け取ることも可能です。
例えば、新しいブロックが生成されるたびに通知を受け取りたい場合、以下のようなeth_subscribe
メソッドを使います。
リクエスト:
{
"jsonrpc": "2.0",
"method": "eth_subscribe",
"params": ["newHeads"], // "newHeads"は新しいブロックヘッダーの購読を指定
"id": 2
}
成功時のレスポンス(購読IDが返される):
{
"jsonrpc": "2.0",
"result": "0x...(購読ID)",
"id": 2
}
購読が成功した後、新しいブロックが生成されるたびに、ノードから以下のようなプッシュ通知(method
がeth_subscription
となる特別な形式)が送られてきます。
通知:
{
"jsonrpc": "2.0",
"method": "eth_subscription",
"params": {
"subscription": "0x...(上記の購読ID)",
"result": { /* 新しいブロックヘッダーの情報 */ }
}
}
WebSocketによる購読機能は、リアルタイム性が求められるアプリケーション(例:新しいトランザクションの表示、スマートコントラクトイベントへの即時反応)で非常に有用です。
主要なRPCメソッドの具体例
Ethereum系ブロックチェーンでよく使われるRPCメソッドをいくつかご紹介します。これらはすべてeth_
で始まる命名規則を持っています。
eth_getBlockByNumber(blockNumber, includeTransactions)
: 指定したブロック番号のブロック情報を取得します。includeTransactions
をtrue
にすると、トランザクションの詳細も含まれます。eth_getBalance(address, blockParameter)
: 指定したアドレスの残高を取得します。blockParameter
にはlatest
や特定のブロック番号を指定できます。eth_getTransactionByHash(transactionHash)
: 指定したハッシュ値のトランザクション情報を取得します。eth_sendRawTransaction(signedTransactionData)
: 署名済みのトランザクションデータをネットワークにブロードキャストし、トランザクションを発行します。eth_call(transactionObject, blockParameter)
: スマートコントラクトの関数を呼び出しますが、状態は変更しません(読み込み専用)。トランザクションを発行せずに、呼び出しの結果をシミュレーションするために使用されます。eth_estimateGas(transactionObject)
: 特定のトランザクションを実行するために必要と推定されるガス量を見積もります。
これらのメソッドを直接呼び出すことも可能ですが、通常はWeb3.jsやEthers.jsといったJavaScriptライブラリを使用します。これらのライブラリは、内部で適切なJSON-RPCリクエストを構築し、ノードに送信し、レスポンスをパースして使いやすい形で結果を返してくれます。例えば、Ethers.jsで残高を取得する場合、以下のようなコードになります。
// JavaScript (Ethers.js使用例)
// const { ethers } = require("ethers");
// const provider = new ethers.providers.JsonRpcProvider("YOUR_NODE_RPC_ENDPOINT");
// async function getBalance(address) {
// const balance = await provider.getBalance(address);
// console.log(ethers.utils.formatEther(balance)); // Wei単位からEther単位に変換して表示
// }
// getBalance("0x...");
上記のコード例では、provider.getBalance(address)
というメソッドを呼び出していますが、この裏側ではEthers.jsがRPCエンドポイントに対してeth_getBalance
というJSON-RPCリクエストを発行し、その結果を受け取って処理しているのです。
RPCエンドポイントの利用とセキュリティ
クライアントアプリケーションは、特定のURLやポートで公開されているRPCエンドポイントを通じてノードと通信します。ローカルでフルノードやライトノードを稼働させている場合は、そのノードが提供するRPCエンドポイント(例: http://localhost:8545
)を利用します。
しかし、全てのクライアントユーザーが自身のノードを稼働させることは現実的ではありません。そのため、多くのdAppsやウォレットは、Infura、Alchemy、QuickNodeといったサードパーティのRPCプロバイダーが提供するエンドポイントを利用します。これらのプロバイダーは、多数のノードを管理し、高性能で信頼性の高いRPCサービスを提供しています。プロダクションレベルのアプリケーション開発では、これらのプロバイダーを利用するのが一般的です。
RPCエンドポイントを利用する際には、セキュリティ上の考慮が必要です。特に、秘密鍵の漏洩には細心の注意が必要です。クライアントサイド(ブラウザやモバイルアプリ)から直接、ノードのRPCメソッドのうち秘密鍵を扱うようなもの(例: eth_sendTransaction
- こちらは非推奨で、通常はクライアント側で署名してからeth_sendRawTransaction
を使います)を呼び出すべきではありません。秘密鍵はクライアント側で安全に管理し、トランザクションに署名した後、署名済みの生のトランザクションデータ(Raw Transaction)をeth_sendRawTransaction
メソッドでノードに送信するのが安全なプラクティスです。
まとめと次のステップ
本記事では、ブロックチェーンにおけるRPC(Remote Procedure Call)の技術的な役割、特にJSON-RPCプロトコルの仕組みについて解説しました。RPCは、ウォレットやdAppsのようなクライアントアプリケーションが、ブロックチェーンの状態を参照したり、トランザクションを発行したりするために不可欠な通信手段です。JSON形式でデータをやり取りし、HTTPやWebSocket上で動作するJSON-RPCは、この分野のデファクトスタンダードとなっています。
Webエンジニアの皆さんにとって、RPCは一般的な技術概念ですが、ブロックチェーンの文脈でそれがどのように使われ、どのようなメソッドが存在するのかを理解することは、dApps開発やブロックチェーンとの連携システムを構築する上で非常に重要です。
RPCの仕組みを理解した次のステップとして、以下の学習がおすすめです。
- Web3ライブラリの学習: Web3.jsやEthers.jsといったJavaScriptライブラリを実際に使用して、RPCメソッドが抽象化されてどのように提供されているかを確認してみましょう。簡単なスクリプトを作成して、ノードから情報を取得したり、テストネットにトランザクションを送信したりする演習は理解を深めます。
- 主要なRPCメソッドの詳細: 本記事で紹介した以外のRPCメソッドについても、公式ドキュメントなどを参照してどのような機能があるのかを調べてみましょう。
- RPCプロバイダーの調査: InfuraやAlchemyなどのRPCプロバイダーについて調べ、提供されるサービスや利用方法、料金体系などを把握することは、実際の開発に役立ちます。
RPCはブロックチェーン技術の「裏側」であり、ユーザーが直接意識することは少ないかもしれません。しかし、この基盤技術を理解することは、ブロックチェーンアプリケーションがどのように動作しているのか、そして開発者としてどのようにブロックチェーンとインタラクションすれば良いのかを深く理解することにつながります。