ブロックチェーン学習ロードマップ

ブロックチェーンにおけるユーザー認証の技術:ウォレット署名による仕組みと検証方法

Tags: ブロックチェーン, 認証, ウォレット, 署名, 公開鍵暗号, 電子署名, セキュリティ

はじめに:ブロックチェーンにおける認証の必要性

Webサービスにおいて、ユーザー認証は不可欠な機能です。従来の認証は、ユーザー名とパスワードの組み合わせや、ソーシャルログイン、OAuthなどの技術を用いて行われます。これらの方法は、サービス提供者がユーザーの情報を管理する中央集権的なモデルに基づいています。

一方、ブロックチェーン技術を活用した分散型アプリケーション(dApps)では、ユーザーは特定のサービスにアカウントを作成するのではなく、自身のウォレットを介してサービスと対話することが一般的です。このモデルでは、ユーザーは自己主権的なアイデンティティを持ち、サービス提供者はユーザーの個人情報を管理する必要がありません。

このような分散型の環境において、ユーザーが特定のdAppsを利用したり、トランザクションに署名したりする際に、そのユーザーが本当にそのウォレットの所有者であることを確認する仕組みが必要となります。これが、ブロックチェーンにおける認証の基本的な考え方です。従来のID/パスワード方式とは異なり、ブロックチェーン認証はユーザーの秘密鍵と公開鍵のペア、そして電子署名の技術に基づいています。

ブロックチェーン認証の基本原理:公開鍵暗号と電子署名

ブロックチェーン認証の根幹には、公開鍵暗号と電子署名の技術があります。これは、ウォレットとアドレスの技術やトランザクション署名の仕組みで既に触れられている技術です。

ユーザーはウォレットを持ち、そこには秘密鍵と公開鍵のペアが含まれています。公開鍵からブロックチェーン上のアドレスが導出されます。秘密鍵はユーザーだけが知る情報であり、公開鍵は広く共有されます。

電子署名は、秘密鍵を用いてあるデータ(メッセージ)から生成される一意なデータです。この署名は、対応する公開鍵(またはそこから導出されるアドレス)と元のメッセージがあれば、誰でもその署名が秘密鍵の正当な所有者によって生成されたものであることを検証できます。また、署名が生成された後、元のメッセージが少しでも変更されると、検証は失敗します。これにより、データの完全性と署名者の認証が同時に実現されます。

ブロックチェーン認証では、この電子署名の仕組みを応用します。サービス側から特定の「メッセージ」を提示し、ユーザーにそのメッセージをウォレットの秘密鍵で署名してもらうことで、ユーザーがそのウォレットアドレスの正当な所有者であることを確認するのです。

ウォレット署名による認証フロー

ウォレット署名による認証は、一般的に以下のようなフローで実行されます。

  1. サービスからの署名要求:

    • ユーザーがdAppsやサービスに接続しようとすると、サービス側はユーザーのウォレットアドレスを特定します(多くの場合、ブラウザの拡張機能ウォレットなどから取得)。
    • サービス側は、認証の目的でユーザーに署名してもらうための固有の「メッセージ」を生成します。このメッセージは通常、ランダムな文字列(ナンス:Nonce)や、認証の有効期限などの情報を含みます。これにより、署名の使い回しを防ぎ、セキュリティを向上させます。
    • サービスは、このメッセージをユーザーのブラウザ(フロントエンド)に送信します。
  2. ユーザーによる署名:

    • ユーザーのブラウザ上のフロントエンドは、受け取ったメッセージをユーザーのウォレットに送信し、署名を要求します。
    • ウォレットはユーザーに署名のリクエストを表示し、署名対象のメッセージを確認させます。ユーザーが承認すると、ウォレットは内部に保持する秘密鍵を用いてメッセージの電子署名を生成します。
    • 生成された署名はフロントエンドに返されます。
  3. サービスによる署名検証:

    • フロントエンドは、生成された署名と、署名に用いたオリジナルのメッセージ、そしてユーザーのウォレットアドレスをサービス側(バックエンド)に送信します。
    • サービス側は、受け取った署名、メッセージ、アドレスを用いて、電子署名の検証を行います。検証のロジックは、公開鍵暗号のアルゴリズム(例: secp256k1 が多くのブロックチェーンで採用されています)に基づいています。具体的には、受け取った署名とメッセージから公開鍵(またはそこから導出されるアドレス)を復元し、それがユーザーから送られてきたウォレットアドレスと一致するかを確認します。
    • 検証が成功すれば、サービスはユーザーがそのウォレットアドレスの正当な所有者であると認証し、セッションを開始したり、サービスへのアクセスを許可したりします。検証が失敗すれば、認証は拒否されます。

技術詳細:メッセージ形式と署名検証

署名対象のメッセージ形式

ウォレットが署名するメッセージは、単なる文字列である場合もありますが、セキュリティや互換性の観点から、特定のフォーマットに従うことが推奨されます。

サービス側は、これらのいずれかの形式でメッセージを生成し、ユーザーに署名を要求します。

署名検証の仕組み

サービス側(バックエンド)での署名検証は、受け取った署名、オリジナルのメッセージ、ユーザーのウォレットアドレス(公開鍵)を用いて行われます。検証のプロセスは、使用する暗号アルゴリズム(secp256k1など)と署名形式に依存します。

多くのブロックチェーン(特にイーサリアム系)では、署名 (r, s, v) と署名対象のメッセージのハッシュ値から、対応する公開鍵を復元する ecrecover という関数(または同等のアルゴリズム実装)が利用できます。

検証のステップは以下のようになります。

  1. ユーザーから送られてきた署名 (r, s, v) とオリジナルのメッセージを受け取る。
  2. オリジナルのメッセージを、署名時にウォレットが使用したのと同じ形式(ERC-191など)でハッシュ化する。例えばERC-191なら keccak256("\x19Ethereum Signed Message:\n" + length(message) + message) を計算する。
  3. 計算したハッシュ値と署名 (r, s, v) を用いて、ecrecover関数を実行し、署名に使われた公開鍵を復元する。 recovered_public_key = ecrecover(message_hash, v, r, s)
  4. 復元した公開鍵からウォレットアドレスを導出する。イーサリアムの場合は、復元した公開鍵のKeccak-256ハッシュ値の最後の20バイトがアドレスになります。 recovered_address = last_20_bytes(keccak256(recovered_public_key))
  5. 導出されたアドレスが、ユーザーから送られてきたウォレットアドレスと一致するかを確認する。一致すれば署名は正当であり、ユーザーはそのアドレスの秘密鍵の所有者であることが証明されたことになります。

この検証ロジックは、バックエンドサーバーで様々なプログラミング言語のライブラリ(例: Pythonのeth_account、JavaScriptのethers.jsweb3.jsなど)を使って実装できます。また、スマートコントラクト内で直接検証を行うことも可能ですが、ガス代が高くなる傾向があるため、オフチェーン(バックエンドサーバー)での検証が一般的です。

セキュリティに関する考慮事項

ウォレット署名による認証は強力ですが、いくつかのセキュリティリスクに注意が必要です。

まとめと次のステップ

ブロックチェーンにおけるユーザー認証は、従来のID/パスワード方式とは根本的に異なるアプローチをとります。ウォレットが持つ秘密鍵を用いた電子署名を活用することで、サービス提供者がユーザーの秘密情報を管理することなく、ユーザーのウォレットアドレスの所有権を安全に検証できます。

この認証技術は、公開鍵暗号と電子署名というブロックチェーンの基盤技術の上に成り立っており、サービス側が生成した固有のメッセージに対するユーザーの署名を検証するフローで実現されます。メッセージ形式の標準化(ERC-191, ERC-712など)や、ナンスによる署名リプレイ攻撃の防止といったセキュリティ対策が重要です。

この認証方法を理解することは、dApps開発やWeb3サービスへのバックエンド連携を検討する上で非常に重要です。次のステップとして、実際に選択したブロックチェーンネットワーク(例: Ethereum)に対応した開発ライブラリ(ethers.js, web3.js, web3.pyなど)を用いて、フロントエンドでの署名要求とバックエンドでの署名検証を実装してみることをお勧めします。また、「Sign-In with Ethereum (SIWE)」のような、ウォレット認証の標準的なプロトコルについても学んでみると良いでしょう。