ブロックチェーン学習ロードマップ

DAppsフロントエンドとスマートコントラクト間の非同期通信と状態管理の技術

Tags: DApps, フロントエンド, スマートコントラクト, 非同期, 状態管理, Web3

はじめに

ブロックチェーン技術を活用した分散型アプリケーション(DApps)を開発する際、フロントエンドとスマートコントラクト間の連携は不可欠です。Web開発の経験があるエンジニアの方にとって、バックエンドAPIとの連携は馴染み深い概念ですが、ブロックチェーンとの連携にはいくつかの重要な違いがあります。特に、スマートコントラクトの呼び出しが本質的に非同期であること、そしてブロックチェーンの状態が即座に反映されないことに対する理解と適切な状態管理は、ユーザーエクスペリエンスの高いDAppsを構築する上で非常に重要です。

本記事では、DAppsのフロントエンドがスマートコントラクトとどのように非同期に通信するのか、その技術的な仕組みを解説します。また、この非同期性によってフロントエンドの状態管理にどのような課題が生じるのか、そしてそれらをどのように解決するのかについて、具体的なアプローチを技術的な視点から掘り下げていきます。

スマートコントラクト呼び出しの非同期性

従来のWebアプリケーションでは、フロントエンドはHTTPリクエストを通じてバックエンドAPIと同期または非同期に通信し、レスポンスを受け取ると画面を更新します。しかし、ブロックチェーン上のスマートコントラクトとの通信は、これとは異なる特性を持ちます。

スマートコントラクトの関数を呼び出す方法には、大きく分けて「トランザクションの送信」と「ビュー関数の呼び出し」の二種類があります。

DAppsのフロントエンド開発において、特に状態変更を伴うトランザクションの送信とその結果の待ちは、非同期処理として設計する必要があります。Web3.jsやEthers.jsのようなライブラリを使用する場合、トランザクション送信メソッドは通常Promiseを返し、そのPromiseが解決または拒否されることでトランザクションの送信結果や確定を処理します。

// Ethers.jsを使ったトランザクション送信の概念的なコード例
async function transferTokens(toAddress, amount) {
  const provider = new ethers.providers.Web3Provider(window.ethereum);
  const signer = provider.getSigner();
  const tokenContract = new ethers.Contract(tokenAddress, tokenAbi, signer);

  try {
    // トランザクションを送信
    const txResponse = await tokenContract.transfer(toAddress, amount);
    console.log("トランザクション送信成功:", txResponse.hash);

    // トランザクションがブロックに取り込まれるまで待機
    const txReceipt = await txResponse.wait();
    console.log("トランザクション確定:", txReceipt.transactionHash);

    // 状態が変更された可能性があるのでUIを更新する必要がある

  } catch (error) {
    console.error("トランザクション失敗:", error);
    // エラー処理(ユーザーへの通知など)
  }
}

上記の例では、txResponse.wait()が非同期操作であり、トランザクションがブロックに取り込まれ、一定数のブロック承認(ファイナリティ)が得られるまで待機します。この待機中はUIをブロックせず、適切なローディング表示や進行状況のフィードバックを行う必要があります。

フロントエンドでの状態管理の課題

スマートコントラクトの呼び出しが非同期であること、特にトランザクションの確定に時間がかかることは、DAppsのフロントエンド開発に特有の状態管理の課題をもたらします。

  1. 状態の遅延反映: ユーザーがトランザクションを送信しても、ブロックチェーン上の状態(例: アカウントの残高、NFTの所有状況、コントラクト内のデータ)はすぐには更新されません。フロントエンドが最新の状態を表示するためには、トランザクションの確定を待ってから再度ブロックチェーンにクエリを実行するか、別の方法で状態の変化を検知する必要があります。この遅延により、ユーザーが期待する即時的なUIの更新が難しくなります。
  2. 状態の不確定性: トランザクションは送信されても、ガス不足、ネットワークエラー、コントラクトのロジックエラーなどにより失敗する可能性があります。確定するまではその結果は不確定であり、フロントエンドは送信中のトランザクションの状態(ペンディング、成功、失敗)を正確に追跡し、ユーザーにフィードバックする必要があります。
  3. 競合状態: 複数の非同期操作(複数のトランザクション送信や状態取得クエリ)が同時に実行されると、フロントエンドの状態がブロックチェーン上の実際の状態と一時的に食い違う「競合状態」が発生しやすくなります。

これらの課題に対処するためには、フロントエンドの状態管理において、ブロックチェーンの状態を「真実の情報源(Source of Truth)」としつつ、非同期性や遅延を考慮した設計が必要です。

非同期連携と状態同期の技術パターン

DAppsフロントエンドでスマートコントラクトの非同期呼び出しを行い、適切に状態を同期するための一般的な技術パターンをいくつか紹介します。

1. トランザクションの追跡とポーリング

トランザクションを送信した後、そのトランザクションハッシュを使ってブロックチェーンネットワークを定期的にポーリングし、トランザクションの現在のステータス(ペンディング、ブロックに取り込まれた、確定、失敗)を確認します。

2. イベントリスニング

スマートコントラクトは、特定のイベントが発生した際にブロックチェーンにそのログを記録する仕組み(イベント)を提供します。フロントエンドはこれらのイベントを購読(Subscribe)することで、スマートコントラクトの状態変化をリアルタイムまたはほぼリアルタイムで検知できます。

// Ethers.jsを使ったイベントリスニングの概念的なコード例
function listenForTransferEvents(tokenAddress) {
  const provider = new ethers.providers.WebSocketProvider("wss://..."); // WebSocketプロバイダーを使用
  const tokenContract = new ethers.Contract(tokenAddress, tokenAbi, provider);

  tokenContract.on("Transfer", (from, to, amount, event) => {
    console.log(`Transfer detected: ${ethers.utils.formatEther(amount)} from ${from} to ${to}`);
    // UIを更新する処理(例: 残高を再取得する、トランザクションリストに表示するなど)
    fetchBalance(to); // 例:受信者の残高を更新
  });

  console.log("Transferイベントのリスニングを開始しました。");

  // 後でリスナーを解除することも重要
  // tokenContract.off("Transfer");
}

// 関連する残高取得関数(別途実装)
async function fetchBalance(address) {
  // ... 残高を取得し、フロントエンドの状態を更新 ...
}

イベントリスニングは、トランザクション送信後の状態更新メカニズムとして非常に強力です。ユーザーがトランザクションを送信し、それがブロックに取り込まれてスマートコントラクトがイベントを発行すると、フロントエンドはそのイベントをキャッチし、関連するUI要素を更新できます。

3. 楽観的UI更新 (Optimistic UI Updates)

ユーザーがアクション(トランザクション送信)を行った直後に、そのアクションが成功する可能性が高いと判断し、UIを即座に更新してしまう手法です。その後、バックグラウンドでトランザクションの確定を追跡し、もし失敗した場合はUIを元に戻すか、エラーを表示します。

4. 状態管理ライブラリの活用

React Query (TanStack Query), SWR, Apollo Clientなどのデータフェッチ/状態管理ライブラリや、Web3に特化したwagmiのようなライブラリは、ブロックチェーンの状態管理に非常に有効です。これらのライブラリは、データのキャッシュ、バックグラウンドでの再検証 (revalidation)、ポーリング、そしてフック(Hooks)を通じたUIとの連携を容易にします。

例えば、wagmiライブラリのuseBalanceフックは、指定したアドレスのネイティブ通貨またはERC-20トークンの残高を取得し、新しいブロックが生成されるたびに自動的に再フェッチしてくれます。これにより、フロントエンドは特別なポーリングコードを書くことなく、ほぼリアルタイムの残高をUIに表示できます。

// wagmiを使った残高表示の概念的なReactコンポーネント
import { useBalance } from 'wagmi';

function AccountBalance({ address, tokenAddress }) {
  const { data, isError, isLoading } = useBalance({
    address: address,
    token: tokenAddress, // ネイティブ通貨の場合は省略
    watch: true, // 新しいブロックごとに更新を監視
  });

  if (isLoading) return <div>残高を取得中...</div>;
  if (isError) return <div>残高の取得に失敗しました</div>;

  return <div>残高: {data?.formatted} {data?.symbol}</div>;
}

このように、既存の状態管理ライブラリやWeb3特化ライブラリを活用することで、非同期性と状態同期の課題に対してより堅牢かつ効率的に対処することが可能になります。

まとめと次のステップ

DAppsのフロントエンド開発において、スマートコントラクトとの連携は従来のバックエンド連携とは異なる非同期性や状態の遅延・不確定性といった特性を理解することが出発点となります。トランザクションの送信と確定までの待機、ビュー関数の呼び出し、そしてイベントリスニングといった技術的な仕組みを把握し、これらを適切に組み合わせることで、ユーザーに正確で迅速なフィードバックを提供するDAppsを構築できます。

ポーリング、イベントリスニング、楽観的UI更新といった基本的なパターンに加えて、React Queryやwagmiのような専門的なライブラリを活用することは、開発の複雑さを軽減し、より洗練された状態管理を実現するための有効な手段です。

ブロックチェーン開発の学習を進める上では、実際にこれらの技術を使って簡単なDAppsのフロントエンドを構築してみることをお勧めします。例えば、ERC-20トークンの転送機能を持つシンプルなDAppを作成し、トランザクション送信後のUI更新、イベントリスニングによる残高の自動更新などを実装してみると、本記事で解説した概念がより深く理解できるでしょう。さらに、エラーハンドリング(ガス代の見積もり失敗、ユーザーによるトランザクション拒否など)や、複数のネットワーク(テストネット、メインネット)への対応といった、より実践的な課題にも取り組んでみてください。

これらの経験を通じて、ブロックチェーンの非同期な性質を前提としたフロントエンド開発のスキルを習得し、より高度なDApps開発へとステップアップすることが期待できます。